まおの世界修行ブログ

とある医学生が世界各地で修行しながら世界一周するブログ

僕が旅する意味が最近ようやく分かってきた

「君はどんな宗教を信じているの?」

どの国に行っても必ず聞かれる質問。

 

僕は無宗教です。運命の存在、ぼんやりとした"神様"の存在は信じているけど、特定の神を信じてはいない。

 

説明するのが面倒くさくて「I am Buddhist.」と言って逃げたり、神道と仏教を説明した上で、強くは信じていないことを説明したり。その度に、自分にとって宗教とは何なのだろうと考えさせられます。

 

旅道中で様々な宗教を信じる人に会いました。

瞑想を毎日行う修行者、五体投地しながらお参りをする仏教徒、モスクに集うイスラム教徒、十字を切りながら祈りを捧げるキリスト教徒。

敬虔に神を信仰している人もいれば、教会にほとんど行かないクリスチャンまで。

 

たくさんの人と宗教の話をして、それぞれの宗教の違いを勉強すればするほど、宗教がどれだけ人々の生活、歴史に根深く関わってきたかに驚かされ、もっともっと宗教のことを学びたいという気持ちになります。

 

 

一方、日本では宗教の話はタブー視されています。

 

第二次世界大戦に負けて、明治維新以降に国家神道を掲げて天皇を神格化したことを反省した影響からか、大多数の人が「宗教は危険だ」と宗教に無関心になってしまいました。

さらに宗教を信じるというと、なにか狂信的なオウム真理教などの事件を思い起こさせる影響もあるかもしれません。

 

葬式の時にはお経を読むし、新年には神社に参拝するけど、形骸化した儀式が行われるだけで、その意味を理解している人はほとんどいない。実際のところほとんどの日本人が無宗教と言ってもいいでしょう。

 

日本の自殺数やうつ病患者数に目を移すと、それらは驚くほど多くて、時代の変化のスピードに心がついていけなくて不安定になってしまっていることは確実だと思います。

そういう時に何か心の拠り所になる哲学とかを持っていればいいけど、持っていない人にとっては、宗教の力が果たす力は大きいと思います。

 

僕は医学部で勉強していますが、心の病気を薬が全て治せるワケなんてなくて、スピリチュアル的な側面は確実にあると思っています。

だからこそ人の心を支える宗教を学びたいと思って旅を始めました。

 

そんな日本人で無宗教の僕だからこそ、旅をしていて見えてくるもの、感じるものがあるのではないか。

最近僕にはそう思えてきました。

 

例えば、ある敬虔なムスリムの人にイスラム教のことを教わっていた時のこと。

 

イスラム教の素晴らしさ、他の宗教への論理的優越性を教えてもらって、

僕も「イスラム教って想像してたよりも緻密で、かなり優れた宗教だなあ、ムスリムの人たちも親切な人多いし、いいじゃん」と思っていました。

 

しかし、その人は話の途中で、キリスト教徒やユダヤ教徒ヒンドゥー教などの多神教を信じている人たちのことを

stupid people

と言ったのです。

アラーこそが唯一神でアラーを信じない野蛮で未開な人々に、イスラム教を教えてあげる必要があると。

 

イスラム教をいくら素晴らしい宗教だと思っているからと言って、その心の下に異教徒を見下す気持ちが見え隠れしているのが見えて、僕は気持ちがよくありませんでした。

結局、僕はイスラム教自体の他宗教を認めようとしない性質が感情的に好きになれず、イスラム教徒にはなれそうにないなと思いました。

 

その人からすれば、イスラム教を強く信じているからこその発言で、特に悪意はなかった。おそらく彼には、彼が信じる以外の宗教の話は全然頭に入ってこないと思うのです。

 

これはイスラム教だけの話でなくて、キリスト教ユダヤ教も他の宗教も程度の差こそあれ信じるものがあればバイアスがかかってしまうのは避けられないと思います。

 

だけど、特に信じている宗教がない僕からすれば、全ての宗教をほぼ中立に見ることができる。

さらに、僕はラッキーなことに世界各地を旅させてもらえている。

理解のある家族、多くの応援してくれる友人、その他もろもろの条件に恵まれているおかげで。

 

世界各地で、それぞれの宗教を信じる人に直接会って、一緒に時間を過ごすことで、宗教と生活の関わり、その人の宗教への熱量とかを肌で感じ取ることができます。

 

対照的に、インドに行っても、エチオピアに行っても、その国を出たことはよもや、その町を出たことすらない人ばかり。日々の暮らしをするお金を稼ぐだけで精一杯で、まさか海外を旅行するお金も余裕もありゃしない。

 

そういう人たちもいる中で、自分の行きたいところを旅できるって本当に幸運なことです。

その幸運に恵まれた人は得た経験を自国に持ち帰って共有しなければならないと思います。

昔から文化交流は、各地を旅する隊商によって行われてきました。それは今も同じ。

 

 

今後、宗教の力はますます重要性を増すはずです。日本人という立場を生かして、もっと深く宗教のことを学ばないといけない。

 

僕としては、時代の変化に伴って、イスラム教に代わる新しい世界宗教がそろそろ生まれてもおかしくないのではと考えています。

そんな新しい時代の節目に、人間の思想の根本を支える宗教、哲学を学ぶことは大いに重要だと思います。

 

せっかく1年近く旅できるという幸運に恵まれたのだから、旅で学んだ異国文化を伝えるという自分の役目を果たすべく、これからも楽しくパワフルに旅を続けていきたい!

それが自分にできるベスト、僕の役目だと考えています。

 

~以上、エチオピア14時間にも及ぶ長距離バスに揺られながら考えたことでした~

 

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最後まで読んでくださってありがとうございました。

 

 

エチオピアを旅してて思ったチャイナチャイナ問題はこちら↓

maonologue.hatenablog.com

 

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